意思決定

このページは「Prologと表計算による意思決定モデリング &シミュレーション(研究)」 の一部です.

updated: 29 Jul 2007
(revised: 17, 27 Jul 2007)


1.意思決定とは

意思決定(Decision making)は,意思決定者(Decision Maker) ――それは,個人であったり,あるいは会社組織であったりする―― によって行われるプロセスであり,一つないし複数の基準(Criteria)に照らして, その個人や組織にとって将来の有利なポジションを改善しようとすることである. 簡単に言えば,「将来の行動についての代替案(選択肢)の中から, もっとも好ましい結果をもたらす案を一つないし複数選べ」ということである. しかしそのためには,選択肢(Alternatives)の設計(Design)や評価(Evaluation), そして選択(Choice)をいかに行うかという,部分問題を順に解決しなければならない. またこの一連のプロセスに先立って行われる情報収集や,その間に行われる情報処理 (判断や推論)を含めて,意思決定ないし意思決定プロセスと呼ぶこともある.

2.資源配分問題

ビジネスにおいては,その多くが,お金の使途(しと)を決める問題でもある. より一般化すると,資源配分(Resource Allocation)の問題である. たいてい,お金は財やサービス,時間と労力,有能な人材,やりがいのある仕事といった, 他の資源と同様,限られた,希少なものである.
 とくに経済学者は,効率性(パレートの意味での最適性)を,資源配分問題の 解が有する標準的な条件として追求する.  一方,経営学者は,企業組織における資源配分を,抽象化するレベル をやや低くとらえている.すなわち,具体的な業務あるいは組織に対応した 意思決定ないし意思決定プロセスを考え,それらを如何に合理的に行うか, また,さまざまな業務を如何に統括,調整,管理するかを論じる.  経営工学(ないしOR)の立場は,上記のような改善プロセス(PDCAサイクル)を, 客観的データと最適化の数理に基づき,実行せんとする.この学問的・実践的な 態度ないしスタンスのことを,問題解決志向と言う.  経営情報学者は,企業などが,合理的な資源配分を実現する情報処理に注目し,それを 実現するための情報システムについて研究する.

3.不確実性とリスク

また,意思決定するためには,将来の有利な(あるいは不利な)ポジションについて, 前もって考える必要がある.これは不確実性(Uncertainty)あるいは リスク(Risk)をどう評価するかという問題に通じる. もともとは, ギャンブルの研究から生まれた確率論(数学)と経済学・心理学の先駆的研究 としての(期待)効用理論が,同時に始まった.20世紀半ば以降, ギャンブル選択を,効用と確率分布の下での効用最大化行動として, 公理化する精密な科学的分析手法(期待効用理論)が確立された.


期待効用の公理系(98)


 心理学やマーケティングでは,多属性の商品評価の下で,意思決定が確率的 に行われる特殊な効用モデル(ランダム効用)が用いられている.

4.意思決定を研究する分野

意思決定について研究する分野は,さまざまである.現代では大きく分けて, 以下の2つ,ないし3つのアプローチがある.

5. 経済学的アプローチ

 経済学(ミクロ経済学,ゲーム理論)では,効用最大化(最適化理論の一種)によって, 合理的な経済主体(消費者,企業,政府など)の行う選択,およびその結果としての均衡を 予測する規範理論(Normative Theory)を指向する.
 現実の意思決定を失敗に導く諸要因を,踏まえた上で, 意思決定を改善ないし支援する方法を提案する処方理論(Prescriptive Theory) を提供する.経済学や経営科学は,つまり,「合理的選択」を説き, それを人々に広めようとする.
 すでに述べた,資源配分問題,不確実性とリスクの分析,費用便益分析, 交渉や組織の経済分析などが,とりわけ応用範囲の広い適用対象である.
 また経済分析や最適化数理を積極的に応用する会計学・経営学分野の学問として, たとえば管理会計や財務管理がある.

6.心理学的アプローチ

現実の意思決定者がどのように選択するかを,実験室的状況で確かめ, 実験データに基づき,合理性(効用最大化)の仮説に反する現象(アノマリー)を説明 できる記述理論(Descriptive Theory)を提案する. また意思決定の認知的プロセスを,コンピュータシミュレーションに用いて,解明する (認知科学的アプローチ).


意思決定のモデルとアノマリー(07)


 もし素朴に期待効用最大化を人間行動の記述的モデルにあてはめようと すると,上記スライドやその参考文献で紹介されているように, ギャンブルや問題表現(フレーミング)によっては,その反例ないし変則例(アノマリー)を 繰り返し観察することになる.これはかつて心理学者が, 人間の論理的推理や不確実性の判断に, 数理論理学や確率論を,そのまま,あてはめようとしたことに似ている. しかし,別の心理学者たちはその規範理論からのズレ(偏向,バイアス などという)が,系統的であり,再現可能であることを確かめた. 規範的モデルは,記述的モデルを改良するためのたたき台となった わけである.
 蛇足ながら,だからといって,論理学や確率論が反駁されたわけではない. そこから,(広い意味で)メンタルモデルと呼ぶことのできる, 一連の認知科学的アプローチが模索されていったのである.
 また実験経済学者たちは,実証データに基づき人間行動の記述モデル を改良することよりも,むしろメカニズムを工夫して,人間被験者や 現実社会において,理論どおりの結果が 得られるフレーミングをデザインするアプローチに取り組んでおり, 制度設計とか,制度工学と呼ばれる分野の基礎と見込まれている.

7.処方的アプローチ

経済学的アプローチの延長から始まったが,心理学的アプローチも踏まえ, 必ずしも人間は合理的でないが,合理的であろうとすることを手助けする という立場から論じる. 広い意味で,経営科学的ないし経営工学的アプローチ,といってもよかろう. これには,少なくとも以下のような潮流がある. またハーブ・サイモンの限界合理性(bounded rationality)アプローチ と満足化原理(satisficing)は,今日の経営学,経済学,経営情報学, 社会科学におけるエージェントベースシミュレーションなどに 多大な影響を残した.C.バーナードの経営組織論・経営意思決定論の伝統を 引き継ぎつつ,計算論的パラダイムーーーすなわち,人工知能プログラムの実現に触発された 心理学者,言語学者,コンピュータサイエンティストらが結託し, 人間知能モデルのコンピューターシミュレーションの理論と方法を 確立させるべく,今日の認知科学を誕生させたーーーを, 意思決定のモデリングとシミュレーションに導入した.

8.おわりに

注意すべきことは,規範的アプローチや処方的アプローチはともに, そもそも人々がしばしば合理的でないことを前提としているということである. そうでなければ,これらの分野に仕事はなかっただろう. 一方,素朴に合理的計算を人間行動の記述的モデルにあてはめようと すると,アノマリーを観察することになるわけである. この点が,理論上の単純化の仮定(公理系)の非現実性と受け止められ, 不注意に批判されることがある. 規範的アプローチは,それによって直接反駁されることはない. しかし処方的なアプローチとして現実応用する際には,それが考慮され なければならない.
 多くの重要な現実の意思決定(とそのモデル)は, 多基準の選択問題(多基準意思決定)であったり,対立した目的を有する選択 (多目的計画法,社会的選択理論,ゲーム理論)であったり, あるいは情報や知識が不十分な場合の選択問題(ファジィ意思決定モデル,AHP/ ANPモデルなど)であったりする.それぞれの分野の文献にあたられたい.
 また近年では,精神物理学,精神病理学,脳科学など, 人間感情を科学的に扱う他の分野からの知見も徐々に 取り入れられつつあるようだ.これは, 今世紀は人間=社会科学と呼ぶべき新しい学問分野が形成され ていく途上にあることを示しているのかもしれない.

参考文献

S. Gass and C. M. Harris eds. (2000): Encyclopedia of Operations Research and Management Science, Springer.
David E. Bell, Howard Raiffa, Amos Tversky (1988): Decision Making: Discriptive, Normative, and Prescriptive Interactions, Cambridge University Press.
ハーバート・A. サイモン(1989): 経営行動―経営組織における意思決定プロセスの研究, 松田武彦, 二村敏子, 高柳暁(訳),ダイアモンド社.

updated: 2007.7.17. 22:30
updated: 2007.7.27. 21:46
lastely updated: 2007.7.29. 21:50
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