updated: 6 Jul 2006
曖昧性回避(ambiguity aversion)ないし不確実性回避
(uncertainty aversion)
は意思決定者があいまいな確率を嫌う傾向を理論化したもの.
早くは1920年代にJ.M.KeynesやF.Knightがそれぞれ論じていたが,
経済学の歴史的転換を通じて,線形革命がおき,不確実性下の
経済学=(von Neumann and Morgensternの)期待効用理論
(EU)+ゲーム理論という図式が定着した1950年代には,それらは
定式化を欠いた啓蒙的思想とみなされ,忘れられていった.
ところが,1960年代の初めに,Ellsbergによって,Savageの
主観的期待効用理論(SEU)への強い直観
的反例が示された(Ellsbergのパラドックス).SEU
は不確実性の下での
経済理論の規範理論としてVNMのEUを受け継ぎ発展させたものであった.
爾来,
この理論的弱点をカバーするための理論改良が進められてきた.
TverskyとKahnemanら認知心理学者・実験経済学者,あるいは
Prelecのような精神物理学による実験研究は,
経済学者の単純な最適化モデルに対してインパクトがあった.
しかし,人々は必ずしも曖昧さを嫌うと言うわけでもない.
Ellsbergが示した例は,バージョンがあって,曖昧さを好む
(ambiguity seeking)のケースを示唆するものもある.
ちなみに問題の内容(損失か,あるいは賞金か)や示し方
によって,リスクへの態度(リスク愛好・リスク回避)が,
変わってしまうことは,Allaisの論文によって古くから知ら
れていた.人間の被験者を用いた実験を通じて,心理学者たちは
その変化する仕方には,一定の規則性が見られ,予測可能である
考えている(フレーミング効果).Ellsbergの背理は,
これと類似の現象が,SEUに対する違反に対して見出される
ことを示唆したものだった.
同時に,非加法的確率(あるいは信念関数(belief function),多重確率
(multiple-prior)など)と
ショケ積分(あるいはMaxmin期待効用)を用いる代替的手法は,
ときどき,Knightの不確実性(Knightian uncertainty)という
呼び方で,リスク概念=確率を機軸とする標準的な不確実性下の
経済学と,区別される.
なお,EUやSEUは,効用最大化行動に対して,
唯一の(確率)測度の存在定理を証明するという,
「確率的に洗練
された」(probabilistically sophisticated)なモデル分析
---F. Ramsey や de Finetiによるいわゆるベイズ
合理性---をその最大の特徴とする確率モデルである.
これに対し,KKE(ケインズ,ナイト,
エルズバーグ)の場合は,「人は確率なんてわかりゃしないよ」
という無知(ignorance)を前提とする知識モデルを示唆しており,
現代の認知科学の研究者たちも,興味を持ったのはとうぜんといえ
るだろう.
この新しいモデルは,数理モデルとしては,形式的に,
Arrow以来の社会的選択理論や,提携形ゲーム理論
のモデルと近い.このため,
SchmeidlerやGilboa,あるいはGardenforsのような,長らく
ゲーム理論の分野で活躍してきた研究者,
あるいは(元)社会的選択理論家・(現)認知科学者らが,
この研究文脈で重要な仕事している.
また曖昧信念の数理モデルは,コンピューターサイエンティストた
ちが強い関心を持ってきたテーマでもある.とりわけ,不正確な
データ,断片的な情報を収集したとして,そこから信頼できる
情報を統合する手続き---統計科学においては,上記のモデルは
統計科学と人工知能においてDempster-Shafer理論と呼ばれている
ものに相当し,ファジィ理論,非単調推論,エキスパートシステム,
マルチエージェントシステムなどに共通する基礎的研究である.
最近の論文,Billot et al.(2005)は,1990年代半ばに
GilboaとSchmeidlerによって提案された事例ベース
意思決定論(CBT)の続編であるが,そうした
学際的な成果の一つといえる.
この部分の参考文献・URL
Daniel Ellsberg. Risk, ambiguity, and the Savage axioms.
Quarterly Journal of Ecomonics, 75:643--669, 1961.
Billot, Gilboa, Samet and Schmeidler (2005).
"Probabilities as similarity-weighted frequencies" Econometrica, 73
wikipediaの記事(英語)
http://en.wikipedia.org/wiki/Ambiguity_aversion